はじめまして、キートラと申します。
世間一般の「普通の幸せ」と言ったら、何と答えますか?
かつての私なら、
- 気の合う人と結婚する
- 一部上場の企業で定年まで働く
と答えたと思います。
今の私なら、
「誰がそんなこと言ったんじゃボケ!」
と言ってしまうかもしれません。私は30歳で、
- 結婚・同居を機に体を壊し、
- 会社員でいることは私にとってリスクでしかない
ということを経験し、自分の不甲斐なさに失踪しかけたのですが、
現在は翻訳家として、個人事業主として生計を立てるまでになりました。
翻訳家としては駆け出しで、まだまだ頑張らないといけないのですが、このブログを立ち上げました。
このブログは「自分に合った」英語学習を見つけて、学んだ英語で「稼ぎを作る」ことをサポートしたいというコンセプトではあるのですが、ここに至るまでについて、私のことを少しお話させてください。
漠然と夢見ていた研究職への就職、人生安泰だと思っていた
高校の頃、最初は薬剤師になることに興味がありました。しかし、それだと生物の授業が必修で、解剖の授業があるのが嫌すぎて断念しました(笑)。ただその中で、
「薬は作れなくても化学の研究をする職業がある」ことを知りました。具体的に何を作りたいとかは全くなかったのですが、化学だけは得意。そんな漠然とした思いだけで、理系の大学院を卒業して、製造業の研究職に就職できました。
しかも、私の大学はそんなに偏差値が高くなかったのですが、就職できた先は一部上場、ホワイト企業に選ばれるほどのそこそこ優良な企業でした。
「これで人生安泰だ」
「親に大学院まで行かせてもらって迷惑かけたけど、それに見合うだけの職業に就けた」
と思いました。
現に、研究職はそもそも大学院卒以上じゃないとほぼ採用されず、大学4年卒より遅く就職はするものの、生涯賃金は高くなります。
人生安泰だ、そう勘違いしていました。
「普通の幸せ」は、私に「絶望」を与えた
私は一人でいる時間が大切な人間で、人付き合いも面倒だと思ってしまう人間でした。「結婚とかしたくない、夫とかいらないから子供だけ欲しい」とすら思っていました。
一方で、老後はやはり誰かと一緒の方がいいんじゃないか、親に心配をかけたくないとも思っていました。
そんなとき、今の夫と結婚することになりました。夫といるのは楽で、この人ならまぁ大丈夫か、そう思ってしまいました。
しかし同居をして1か月もたたないうちに、体に異常が出始めたのです。発熱に始まり、立ち眩み、頭痛、吐き気、朝になっても眠れない、徒歩10分の場所に20分経っても着けない、集中力の欠如…挙げればきりがないくらいの症状。会社に何とか行けても、あまりの気持ち悪さに救護室に運ばれる始末…
病院で適応障害と診断され、休職を余儀なくされました。その後、バセドウ病を発症していることがわかりました。ホルモンバランスも乱れており、自分が自分じゃない感覚。「人に気を遣ってて生きづらそう」と会社の同期に言われたことがあったのですが、いまいちピンときてませんでした。でも、その意味がわかったとき、涙が止まらなくなり、死にたくなりました。
ただ、残念ながら死ぬのは怖いと自分で自分にストップがかかりました。それならせめて世話になったみんなの前から姿を消そうと思いました。気分転換にと夫に連れ出された帰り、電車を降りて家に帰るだけ。
「ちょっと具合悪いわ、座って休んでから帰る、回復まで時間かかるだろうから先帰ってて」そう言いました。その隙に失踪する予定でした。でも夫はそれをしてくれませんでした。今考えたら、私も具合の悪い人を置いて帰りません。でも、私の思考はそこまで及ばず、動けたこの日に失踪するしかないと思っていました。
失踪に失敗した私は、投薬治療の甲斐もあってだんだん良くなり、復職を果たします。しかし、安定したはずの病状が、仕事をして程なくして悪化し、再休職することになりました。
バセドウ病はほぼ一生付き合わないといけない病気ではありますが、治療を続けて働いている人はたくさんいます。私もそうできると信じて投薬治療を欠かさなかったのですが、結果悪くなってしまいました。
会社員として決まった時間に出社して、決まった時間働く、私にはもうそれができないんだと思いました。また復職しても、いつまた体が悪くなるかわからないからです。私は心が折れ、普通の会社員に戻ることを諦めました。
価値観の再構築、新しい道へ
幸い私は、休職期間が余っていたことと、傷病手当があるうちにちゃんと休め!と上司が言ってくれたおかげで、お金のことはあまり考えず、療養しながらゆっくりと今後について考えることができました。
私は決まった時間に出社して、決まった時間働かなくて済む方法を探すことにしました。とはいえこの条件で、かつこれまでの研究職を生かした仕事がまったく思いつきませんでした。
研究職は実験してなんぼの世界、家で化学実験なんてできないし、企業には到底及びません。実験データをまとめるためにパソコンスキルもありましたが、専門にしている人に比べたら中途半端。会社は副業禁止で、研究職以外未経験…
会社を離れた自分には、あまりにも稼ぐ力がないという事実に愕然としました。定年まで元気に働けるなら問題ないかもしれませんが、私はそうではない。会社にいることは、私にとってリスクでしかない、自分で稼ぐ力を身に着けないといけないと改めて確信しました。
そこでたまたま、実務翻訳(産業翻訳)という仕事があることを知りました。実務翻訳とは、あらゆる企業や団体、政府機関の契約書やプレスリリース、製品の取扱説明書など、多種多様な文章を翻訳する仕事です。
映画の字幕翻訳なんかは、それこそ語学力と国の文化の違いに精通していること、そしてセンスも問われます。しかし、実務翻訳は正確さの方が問われ、センスではなくスキルが必要です。スキルを身につけ、納期さえ守れるなら、いつどこで作業してもよい仕事です。
私は当時、英語学習をしていました。きっかけは部署異動で、海外の顧客と直接やり取りする可能性をチームから言われたからです。私は、
「何となく」英語で会話できた方がいいよね、
「何となく」1日15分なら仕事で忙しくても勉強できるよね
と思い、オンライン教材を購入しました。
しかし、実際の業務は海外の顧客とちょっとメールをするくらいで、会話をほとんどしませんでした。数年後の昇格試験に必要なTOEIC 600点は達成できるかなと思っていましたが、545点でした。それもそのはず、1日15分、中学英語で会話のキャッチボールする練習をしていたからです。
でも、継続しないと忘れるからと、どんどん継続(購入)させようとする手法で、結局私は英語学習に100万近くお金をかけていました。どんどん授業料がかかっているのにそのリターンを全く生み出していない…英語学習で時間とお金が搾取されていると感じ始めていました。
そこで出会った実務翻訳という職業。私は、時間とお金を搾取していた英語を、稼ぐ手段にすることを決意しました。
治療しながら私は実務翻訳を9か月ほど勉強し、仕事を受注することができました。会社は副業禁止で、ましてや自分は休職中の身。私は会社を退職し、個人事業主となりました。
遠回りも武器に。今の自分なら、何があっても乗り越えられる
私は2021年1月に開業したので、この記事を書いているのは5か月目になるタイミングです。実は仕事が途切れなくなってきたのはここ1か月もないくらいで、それまでは不安でしたし、まだまだ頑張らないといけないと思っています。
しかしこの期間、個人事業主は(変なこと以外)何をやってもいいということに気づかされ、感動しました。これまで研究職しかして来なかったので、どれだけ狭い世界で生きていたか、痛感させられました。稼ぐ手段はいくらでもあり、仮に翻訳がゼロになっても他でカバーできるなと思っています。
これはひとえに、稼ぎになるスキルを正しく身につけたからに他なりません。「何となく必要そう」というだけで勉強していたら、時間とお金を搾取され続け、一人で稼ぐこともできず、親や夫のすねをかじって生きていくしかなかったでしょう。
バセドウ病はほぼ一生続く病気で、現在も治療しています。しかし、自由な時間に自宅で仕事ができることで病状も安定し、普通に生活できています。症状が悪いと2週間に1度通院しないといけないのですが、現在は6か月に1度にまで減らすことができています。
以前は時間とお金の搾取と思っていた英語学習も、今では無駄ではなかったと思っています。個人事業主として、如何様にも活用できると思っています。このブログもその1つです。「何となく」で英語学習に大金と時間を使ってしまったという自分の失敗を、他の人にはしてほしくないという思いからこのブログを立ち上げました。
最後に
このブログは、「自分に合った」英語学習を見つけて、学んだ英語で「稼ぎを作る」ことをサポートするサイトです。
グローバル化や日本の労働人口の減少などで、ますます英語を使えないと生き残れなくなります。ただ、「英語を使って仕事をする」というのは、
- 海外留学してます
- TOEIC満点です!
という、素晴らしい英語経験を持っていないとダメかと言うとそうではありません(勿論ある人はめちゃくちゃ武器にはなります)。
それだと、そんな経験ないけど翻訳の仕事をしている私は何なの?となってしまいますしね(笑)。「自分に合った」英語学習を見つけることができれば、英語で稼ぎを作ることも可能なのです。
現役で英語を使って仕事に試行錯誤している私が、リサーチを元に有益な情報を皆様にお届けできたらと思っています。キートラブログの情報で、皆様の人生をより良い方向に後押しできたら嬉しいです。 一緒に頑張りましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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